「バレエ・リュス その魅力のすべて」(芳賀直子 著 国書刊行会)

ロンドンで展覧会を見た興奮が冷めやらず、週末にロシアバレエ団関係の本を丸善で探した。気になっていたのは2冊。1冊は、女性ダンサーで最も人気があって、ディアギレフのお気に入りでもあったというタマラ・カルサーヴィナの伝記「劇場通り」。この「劇場」とは、サンクト・ペテルスブルクのマリインスキー劇場のこと。これは書店に見当たらなかったので、アマゾンで注文してまだ待っている。

もう一冊は「バレエ・リュス その魅力のすべて」という日本人研究者の著作。著者は芳賀直子という人で、1971年生まれというから僕よりも大分若い。日本人のロシアバレエ団研究家といえばリチャード・バックルの大著「ディアギレフ」を訳した鈴木晶がまず浮かぶが、芳賀女史の本はディアギレフのロシアバレエ団のデビュー100周年にあたる昨年(2009年)に出版された。と、いうのは今回調べて初めて知った。本文だけでも400ページあるが、実質1日位で一気に読んでしまった。勿論、これは予備知識あってのことだろう。

バレエ・リュス その魅力のすべて

バレエ・リュス その魅力のすべて


「その魅力のすべて」とは随分とベタなタイトルだが、確かにディアギレフを中心としてロシアバレエ団に関わった人々や作品のことがほぼ網羅的に書いてある。特に作品解説は主要65作品(それでも全てではないらしい)について記していて、海外のことは知らないが日本語では貴重な資料だろう。各演目のキャラクター(ダンサー)の写真も豊富だ。リチャード・バックルの「ディアギレフ」は同じ題材/時代を扱って詳細を極めたクロニクル(年代記)だが、それゆえに咀嚼するのはなかなか大変。その点、この本は全体像を掴むには好適だ。それとリチャード・バックルの本との違いは、ディアギレフの死後のロシアバレエ団の人々、そして彼らが種を蒔いていった欧米豪の国々のバレエの系譜に触れていること。僕などはバレエ自体に必ずしも純粋な興味がある訳ではないが、なかなか興味深い。

ただリチャード・バックルの本の凄いところは、詳細を極めているところと、それらの多くを一次資料に依っているところだ。残念ながら、これは時代と場所を大きく異にする研究者には真似が出来ない。彼が企画して大評判を取ったという「ディアギレフ展」は1954年だし、本を著したのは1979年だから、ディアギレフや彼のロシアバレエ団に実際に関わっていた人たちの多くが存命で、彼らから直接取材したことは本の注釈に細かく記してある。また事務的な書類/証憑の類いにもあたっているというが、その一部はロンドンの展覧会でも展示していた。芳賀女史の本もそこそこ楽しめたが、それゆえにリチャード・バックルの労作に改めて頭が下がる。