当地では、まだこの演目の公演は3回も残っているので、これから観る参考にこのサイトに来た方は、この先をお読みにならない様に。ネタバレ情報がありますので。
それにしても、セットと演出のせいでこれほど興を削がれたのは初めて。
なんと、ザルツブルクの「フィデリオ」の舞台にモノリスが降りてきた。そう、あの「2001年宇宙の旅」のモノリスが。あの映画を観たことのある人なら覚えているだろうけれど、最後に近いところで、無機的な部屋にモノリスが置かれているシーンが出て来る。今夜の「フィデリオ」でも同じ様な白い壁に囲まれた部屋に大きなモノリスが降りて来て、それがゆっくり回りながら物語が進行する。登場人物は全てその陰から現れ、消えて行く。勿論、モノリスはメタファーなのだろう。本来の物語の舞台である監獄であり、それをもっと抽象化した抑圧であるのかも知れない。「でもなんで、敢えて映画と同じ様な趣向のセットにするのか?」という疑問が頭から離れない。ついでに言うと、黒いロングコートにサングラスの男たちが絡み合うシーンもあった。すぐに「マトリクス」が思い浮かぶ。
さらにヒロインであるレオノーレの分身なるものも出て来る。レオノーレが男であるフィデリオに身をやつす時、本来のレオノーレの女性としての部分を表す分身ということらしい。とは言っても、一緒に歌う訳にはいかないので、どうするかと言えばレオノーレ(フィデリオ)が歌う時、半ば踊りながら手話をしだすのだ。オペラを手話で伝える試みかと言えば、必ずしもそうは思えない。なぜならレオノーレのアリアしか表現しないから。
そういったことが、従来の設定・制約から解放して偉大な作品に普遍性を持たせる、といういわゆる「解釈」という方法論なのか? でも敢えて言えば決定的に許せなかったのは、本来ベートーヴェンが想定していない効果音まで使っていることだった。勿論、演奏に被せることまではしなかったが、呻きの様な軋みの様な効果音を多用していた。これは到底許し難いし、先の「解釈」なるものがひどく陳腐に思えた。
確かにカウフマンは素晴らしかった。でも、彼が登場するのは第2幕なので、それまでには「解釈」と効果音の「演出」に辟易してすっかり不機嫌になっていて、決して楽しめずに終った。それにカウフマンも最後にこけるし。最後の場面でレオノーレと手に手を取って解放に向って走り出したと思いきや、フロレスタン(カウフマン)がこけて幕が降りた。勿論それも演出なのだ。「フィデリオ」の最後が解放に終らないなんて、ベートーヴェンも怒るでしょ?
そんな公演だったから、当然ブーイングくらい出るかと思ったら、そんな事もなくいつもの様にカーテンコールが繰り返されたのには拍子抜け。ただ隣りに座っていた年配のご婦人は全く拍手をせずに立ち去った。同じ様に感じた人は少なくないはずだ。
という訳で、間違いなく忘れ難い「フィデリオ」になった。この先、僕の周りで「フィデリオ」のことが話題になることがあれば、必ず「2015年のザルツブルク」のことを語り出すに違いない。
10 August 2015, 19:30 Grosses FestspielhausFIDELIOOpera in two acts Op. 72 by Ludwig van BeethovenLibretto by Joseph Sonnleithner, Stephan von Breuning and Georg Friedrich Treitschke after Jean-Nicolaus Bouilly’s libretto Léonore ou L’amour conjugalFranz Welser-Möst, ConductorClaus Guth, DirectorChristian Schmidt, Sets and CostumesRonny Dietrich, DramaturgyOlaf Freese, LightingTorsten Ottersberg, Sound DesignAndi A. Müller, Video DesignErnst Raffelsberger, Chorus MasterJonas Kaufmann, FlorestanAdrianne Pieczonka, LeonoreSebastian Holecek, Don FernandoTomasz Konieczny, Don PizarroHans-Peter König, RoccoOlga Bezsmertna, MarzellineNorbert Ernst, JaquinoPaul Lorenger, Shadow PizarroNadia Kichler, Shadow LeonoreConcert Association of the Vienna State Opera ChorusVienna Philharmonic